コティリエ在宅医療・訪問歯科ニュース
最期の時をどこでむかえるか

日本では高齢者の急増により在宅医療のニーズが高まっています。
多くの人は最後を迎える場として、住み慣れた自宅を希望する事が多いです。
ただ現実には住み慣れた自宅ではなく、病院で最後の時を迎える人が8割に達します。
昭和50年までは、病院で看取られるよりも自宅にて最後を迎えることが多かったのですが、この時期を境に逆転します。
どうして多くの人が自宅ではなく、病院で最後を迎えてしまうのでしょうか。
それには在宅でできるケアの範囲と、家族にかかる負担などがあるのです。
患者様Aさんは入院していた病院から退院することになりました。
この時施設へ入所するか、在宅で療養するかの判断を迫られました。Aさん家族は在宅医療を選択しました。
在宅医療を開始するには、家族の覚悟も必要です。
生活のリズムが病院の時と、自宅に戻ってきたときとでは異なるのです。
新しいリズムにになれるため、患者様が退院する前に、外泊をすることで気持ちの準備をしたり、家の中を片付けて動きやすい動線を確保する必要もあります。
在宅医療チームが常に家族とともに、患者様のそばで支援することはできません。
Aさんも自宅に介護ベッドを搬入したり、家の中の移動をしやすくするために手すりをつけるバリアフリー化のリフォームもしました。
退院後の在宅療養のイメージを家族でみんなでして、とうとう退院の日を迎えます
最初の頃はAさんが自力でトイレに行けるなど、自力で動けるうちは家族と在宅医療チームと共に介護していました。
しかし、日が経つにつれAさんは自力でトイレに行くことが困難になりました。
そのためベッドの横にポータブルトイレが置かれるようになりました。
もちろんAさんが用を足した後の始末は家族がすることになります。
その後、Aさんにとって医療的ケアも必要になってきました。
在宅酸素療法が始まり、痰の吸引も始まりました。
酸素ボンベの量を常に誰かが確認しておかなければなりませんでしたし、足りなくなれば補充もしてあげなければなりません。
また吸引のやり方についても勉強しなくてはいけませんでした。
月日が経ち病状が悪化して、介護度が上がるのに比例して、家族にのしかかる負担というのも増えていき、日増しに疲労が蓄積されていきます。
日に日に病状が悪くなっていくAさん。
家族は衰えていくAさんを見ているのが怖くなっていきました。
自宅で毎日介護をして、疲労がピークに達するところでした。
そんな折、施設のほうから、Aさんを施設に入所できるという話がありました。
先の見えない介護に家族は不安を覚えていました。
あとどれくらい続くのか、疲労と負担が家族を押しつぶすかのように重圧となり、今後Aさんを介護していく覚悟がなかったのです。
医療的ケアが増えるのが目に見えていました。
軽くなるとは考えれられません、むしろさらに負担が増えていくことがわかっていました。
ケアが増えるということは、設備や人員不足から施設も受け入れが困難になってきます。
入所してから患者さま、家族と円滑な関係が築き上げられて行く中で、医療的ケアが増えていくことと、医療的ケアが増えてから入所を希望するのでは、受け入れる側の対応が異なってきます。
Aさんは家族が身体的にも精神的にも、多大な負担がかかっていることに心苦しくなっていたこともあり、施設に行きたくないが仕方ないという結果になりました。
在宅医療チームはAさんの決断を覆すことができませんでした。
患者さま、家族、在宅医療チームがどんなに関係が良好だったとしても、やはりチームと家族は他人同士、Aさんが決めたことを尊重しました。
施設に入所し、そこが第二の我が家となったとしても、最期の瞬間を家族がみとることは難しいというのが現状です。
施設としては医療的ケアが必要と分かって受け入れても、入所後に高度医先進医療が必要になってきたときは、施設の慢性的な人で不足、医療機器が揃っていないことを理由に病院に搬送されていきます。
多くの人の希望する在宅で死を迎えるためには、課題が多いのが現状です。
血のつながっていないチームといえども、在宅医療としての役割が患者さま、家族に対してやれることはまだあります。
これからも在宅医療の在り方を考えて行く必要があります。